今回の【福祉書評9】は、「人は、なぜ他人を許せないのか?」中野 信子 (著) です。
著者の中野 信子氏の経歴は以下。
‘’ 1975年、東京都生まれ。
脳科学者、医学博士、認知科学者。
東京大学工学部応用化学科卒業。
東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。
フランス国立研究所ニューロスピンに博士研究員として勤務後、帰国。
脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。
科学の視点から人間社会で起こりうる現象及び人物を読み解く語り口に定評がある。
現在、東日本国際大学教授。
著書に『世界で活躍する脳科学者が教える! 世界で通用する人がいつもやっていること』『脳はなんで気持ちいいことをやめられないの?』(アスコム)、『サイコパス』『不倫』(文藝春秋)、『シャーデンフロイデ』(幻冬舎)、『キレる! 』(小学館)など多数。また、テレビコメンテーターとしても活躍中。‘’
(引用:.amazon.co.jp)
あなたは不思議に思ったことがないだろうか。
自分や自分の身近な人が不利益を被るわけでもないのに、インターネットやコロナ禍の中で起きる、過剰なバッシングや炎上、不謹慎狩り。
また不倫報道でも、芸能人の家庭のことなど、自分の生活と何ら関わりがないにも関わらず、
「許せない!」
「幻滅した!」
と叩きのめそうとする人たちがいる。
そんな状態を著者は「正義中毒」と名付けた。
本書では、脳科学者としての見地から、このような状態を解き明かしている。
‘’人の脳は、裏切り者や、社会のルールから外れた人といった、わかりやすい攻撃対象を見つけ、罰することに快感を覚えるようにできています。他人に「正義の制裁」を加えると、脳の快楽中枢が刺激され、快楽物質であるドーパミンが放出されます。(中略)こうした状態を、私は正義に溺れてしまった中毒状態、いわば「正義中毒」と呼ぼうとこの認知構造は、依存症とほとんど同じだからです‘’
この依存症の原因のドーパミン量が、最近の研究ではゲームをしたときと覚醒剤を一定量投与したときと同じであるという研究結果まで出てきている。
https://ides.hatenablog.com/entry/2020/01/14/151000
他人事ではないのだ。
私もあなたも私も「正義中毒」になる可能性はあるのだ。
しかし、正義中毒の人は、その快感を知りつつも、同時に相手を許せず、罵ってしまう自分が許せないと感じることがある。
自己嫌悪に陥るのだ。
筆者は、自説を、厳密には科学的な意味では結論と言えるほどの確定的なエビデンス(証拠)を得ていないと断りを入れているのだが、人類の進化の歴史からの考察など、非常に説得力がある内容となっている。
日本は島国であり、ひとたび自然災害が起これば、あっという間に100万人単位の人口が失われていた過去がある。
こういった環境の中で、人は一人では生きていけず、日本人は良くも悪くも集団主義的な生存戦略を取った。
このような経緯から、日本人は「よそ者」を信頼しない。
これは生き残る上では必要な戦略だったが、マイナスの側面もある。
異質なものを冷遇し、集団から排除する、他の集団に対する攻撃性につながっている。
人は、進化の過程で、大脳新皮質と呼ばれる、思考を司る部分が増設されてきた。
大脳新皮質が人間をここまで発展させてきた事実がある。
しかし、知性があるからこそ愚かさがあり、愚かさのない知性は存在しないのだ。
この「許せない」気持ちをコントロールし、穏やかに生きていくには、前頭前野を鍛えることが有効だ。
前頭前野の働きが保たれていると、前頭前野の重要な機能である「メタ認知」を使うことができる。
「メタ認知」という言葉を聞いたことがある人も多いだろう。
「メタ認知」とは、自分自身を客観視に認知する能力である。
「メタ認知」が機能していると、日本人なら誰でも陥りやすい、この「正義病」に陥っていないかどうかを、客観的にみることができる。
本書では、加齢とともに低下していく「メタ認知」の機能を鍛えるための方法について詳しく書かれている。
私は本書に出てきた、下記のセンテンスが印象に残った。
‘’多様性を狭めた集団は、短期的には生産性を向上させ、出生率も上昇して成功を収めるのですが、進化の歴史の上では滅亡に向かいます。‘’
‘’今まで適応していた人が生きづらくなる代わりに、それまで外れ値とされてきた「変わり者」や「圏外にいる人」が、むしろ適応できるようになることが起こり得るからです。だからこそ、種を存続させていくためには、ある程度の多様性を確保しておいた方が、健全で安全だと言えるのです。‘’
障害福祉の仕事をするにあたり、人の多様性を受け入れ、排除しないということは常に念頭に入れておかなければならないことだと思う。
私もいつ陥ってもおかしくない「正義病」に陥らないために、メタ認知機能を保つトレーニングを取り入れたいし、グループホームでもその方法を共有していきたい。